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LittleWing130000HIT&田村ゆかり様「AIR」出演決定記念寄稿
『ちるちるメイ様』 第3話
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みちるは、廃線となった駅の広場に戻ってきた。
気怠い午後の時間。
それに相応しいかのように、この場所には、全く人の気配がなかった。
こんな廃線となった駅に、用のある人などいないのだ。
強烈な夏の太陽により、暖められた空気が、みちるの肌にまとわりついてくる。
夕立が近いのだろうか、湿り気が感じられた。
みちるは、じめじめと、まとわりついてくる暑さから逃れるように、日陰となっている
駅舎の脇へと向かう。
そして、備え付けられているベンチに、ごろんと横になると、体内に溜まった熱を
放出するかのように、ふうーっと、大きく息を吐き出した。
ベンチに横になったまま、自分の右手を、空にかざすかのように、持ち上げてみる。
汗が滲んだ小さな右手が、空の蒼さを覆い隠す。
「―――――」
みちるは、右手を見つめながら、先ほどのことを思い出した。
この右手で、メイの頬を思いっきり叩いたんだ………と。
そう思うと、胸のあたりが、ちくりと痛む。
メイの言葉は、どうしても許せなかった。
だからといって、年端もいかぬメイを感情的に叩いてしまったことを思うと
どうしようもない自己嫌悪に陥ってしまう。
やるせなく、後味の悪い思いを感じながら、みちるは、かざした手を下げる。
すると…
みちるの視界の端に、一人の男性が、こちらに歩み寄ってくるのが見えた。
「?」
身体を起こしてベンチに座り直し、こちらに向かってくる男を注視してみる。
年齢は、40歳くらい。
中肉中背の、どこにでもいそうな、優しげな感じのする中年男性だ。
「―――――」
いぶかしげに見つめるみちるに、その男は「こんにちわ」と、少しだけ、はにかんだ
笑顔を向けて、挨拶してきた。
「えっと… キミが"みちる"ちゃんかな?」
「うに。そうだけど……おじさんは?」
みちるは、怪訝な表情で、そう尋ねると、その男は
「おじさんは… えっと、みちるちゃんが"メイ"って名前で呼んでいる子の、お父さんなんだ」
と、自分がメイの父親であることを話した。
「! おじさんが…」
「そうだよ。はじめまして、みちるちゃん」
笑顔でそう返すと、メイの父親は「ここに座ってもいいかな?」と、みちるの座っている
ベンチを指して、礼儀正しく尋ねた。
「別にいいけど…」
「ありがとう」
みちるの許可をもらうと、メイの父親は、みちると、ちょっとだけ距離を置いて
するりと座りこんだ。
そして、みちるの方へ、身体を向けると
「その… 実はね、うちの子が、さっき泣いて帰ってきたんだよ…」
「!」
その言葉に、みちるは、思わず身構えてしまった。
きっと… この父親は、みちるがメイを、いじめたと思っているのではないかと
感じたからだ。
「訳を聞いてみたんだが…
なんか、うちの子が、みちるちゃんに、非道いことを言ったみたいだね。
ごめんね。みちるちゃんの友達を、悪く言ってしまって」
そう、すまなそうに、メイの父親は、みちるに謝った。
みちるは、メイの父親がちゃんと分かってくれる人であったことを知って
身構えていた心を解いて、メイの父親の方へと向き直った。
「うちの子には、私から、ちゃんと言い聞かせたから。
その… 許してやってくれるかな?」
メイの父親の問いかけに、みちるは、若干視線を落として
「みちるも… メイのこと、ぶったし…」
と、自分の今の気持ちを、正直にうち明けた。
「いや、みちるちゃんが、怒るのは当たり前だよ。
悪かったのは、うちの子なんだからね。ただ…」
「ただ?」
「…ただ、どうしてうちの子が、あんなこと言っちゃったのか、分かって欲しいんだ」
そう言って、メイの父親は、ベンチの背もたれに背中を預けると、ゆったりした口調で
メイのことを話し始めた。
☆☆☆
「うちの子が、どうして、あんな非道いことを、言ってしまったというとね…
恐らく、心の準備ができていなかったからだって、思うんだ。
だから、あの家に入ろうとしたとき、動揺してしまって… それで、あんなことを言って
そこから、逃げだそうとしたんだ…」
「心の準備って?」
「それは、うちの子と、あの家とは………」
メイの父親は、話すべきか、話さないべきかを思案しているかのように、宙に目線を泳がせる。
みちるは、決心がつくのを待っているかのように、ただじっと、次の言葉を待っていた。
ほんの数秒、沈黙が続いたが、やがて、メイの父親は、決心がついたように、目線をみちるに
戻すと、淡々とした口調で
「実は、おじさんはね、みちるちゃんの友達の、美凪の………」
「お父さん………なんでしょう?」
「! みちるちゃん、知っていたの?」
「うに………」
みちるが、このことを知ったのは、今日の朝、メイの日記を盗み見た時だった。
日記の表紙に書かれていた、メイの本当の名前…
その名前が、美凪の、妹の名前であったことに動揺したのだ。
「そうか…
それじゃ、みちるちゃんがメイと呼んでいる子は、美凪の妹だってことも、
分かってたんだ…」
「うん… 知ってた…」
「でも、美凪とは、母親は違うんだ。何故なら、メイの方は、おじさんの、
今の妻との子だからね」
「―――――」
メイの父親は、ここで、ベンチに預けていた身体を、前のめりに向け、目の
置き場所を探すかのように、前の広場を見つめていた。
「おじさん、美凪の母親とは、ずっと前に別れたんだ。
別れた理由は… みちるちゃんも知っている通り、美凪の母親が、心を病んでしまった
ことが原因だった」
「―――――」
「本当は、美凪と、美凪の母親を、支えてあげなくちゃならなかったんだ。
でも、おじさんは、とっても弱くてね………
だから、あの家から逃げたんだ。
美凪も… 母親も捨てて。
非道い人だろう? おじさんって……」
自虐的な笑みを浮かべて、淡々と話している。
そんなメイの父親を、みちるは、じっと無表情で見つめている。
「それで、おじさんは、この町を出て、自分だけ新しい生活を始めたんだ。
そこで出会った、今の妻との間に出来た子が、そう…あの子なんだ」
「それで… メイは、そのこと知っているの?」
「ああ。知ってるよ。
物心がついたころから、姉がいることを話しているから。
いずれ、知ることになるなら、早いうちがいいって思ってね」
「そうなんだ………」
ぽつりと、ひとりごとのように、みちるは相づちを打った。
「でもね、おじさん、このことを話してしまったことを、後悔しているんだ」
「うに? どうして?」
「その… このことを話した後から、おかしなことを話すようになってね…
自分は『伊集院メイ』という、大財閥の令嬢で、いつも使い切れないお金を持っていて
たくさんの使用人に囲まれる生活をしているんだって、そんなことを話すようになって
しまったんだ」
「伊集院メイっていうのは?」
「おじさんが、今暮らしている街に、伊集院家という立派な家があって、そこに
住んでいる娘さんの名前がそうなんだ」
「それじゃ、メイは、その伊集院の家の子なんだって、嘘をつきながら
暮らしているの?」
そう、みちるが尋ねると、メイの父親は
「嘘………か。やっぱり、うちの子は、嘘つきなんだろうな…」
と、困ったような表情を浮かべて呟いた。
「でも、うちの子の嘘はね、その…普通の嘘とはちょっと違うんだ」
「違うって…?」
「その……… うちの子の嘘はね、『こうだったらいいな』っていう、願いみたいな
ものから出てくる嘘なんだよ………」
「?」
「虚言癖っていうのな… こういうのは。
元々、うちの子は、何かに憧れたりすると、その人になりきってしまうような
ところがあってね。
私は、何々だとか言ってみたり、そんな性癖があったりするんだ」
「それで、あんな日記を………」
「今回の場合、伊集院メイって子に憧れるあまり、いつしか、自分がそうなんだって
思いこんでしまったと思う。きっと」
「メイは… どうして、伊集院メイって子に、憧れたりしたのかなぁ………?」
「それは…… やっぱり、美凪のことを、全部話してしまったからだと思うんだ」
「?」
「美凪。つまり自分の姉は、心を病んだ母親と二人で、ずっと辛い思いをしてるんだって
知ってから、しばらくふさぎ込んでしまってね…
妹である自分が、何をしてあげられるかって、ずっと気に病んでいたみたいだった」
「―――――」
「それで、こう思ったみたいなんだ。
自分がお金持ちだったらってね…
もしそうなら、美凪の母親の病を治すこともできるし、それに、美凪が喜ぶような
プレゼントをいっぱいしてあげられるって。
だから、そんな風に思っているうちに、いつの間にか、夢を見始めたんだ………
お金持ちの自分が、姉を助けてあげるっていう夢をね」
「………メイも、夢を見てるんだ」
「そうだね。
いかにも子供らしい、単純な思いから生まれた夢をね…」
☆☆☆
日が徐々に傾くにつれ、それまで木陰だった、二人の座っている場所も
いつの間にか日が差すようになっていた。
差し込む太陽が、頬に、ほてりを感じさせていたが、二人は、その場所から
移ることもなく、じっと目の前の広場を見つめていた。
メイの父親は「物心がついたころから、姉がいることを話しているから」と、すべてを
包み隠さず、メイに話たと言った。
その話を聞かされたメイは、未だ見ぬ、自分の姉の境遇を、どう感じたのだろか?
本来なら、二人で受けるべき幸福を、自分が独り占めしているにような罪悪感に
心を痛めたのではないのだろうか?
そして、何もできない非力さに、打ちのめされたのだろうか?
そう思ったとき………
『こうだったら、いいのにな』
そんな願いのような気持ちが、彼女を、伊集院メイにさせたのだと思う。
「でもね… みちるちゃん」
「うに…?」
「ずっと夢を見ながら、生きていくことは、できないことだって思うんだ。
なぜなら、私たちは、現実の世界で生きているんだからね。
出会った人がいて、別れた人がいて…
楽しかったことがあって、辛かったことがあって…
これは、みんな現実の世界のことなんだ。
夢を見て……… 夢の中でずっと暮らすというのは、眠っているのと
同じことなんだ。
だから、いつかは、夢から覚めなければならない。
夢から覚めたたとき、そこに、どんなことが待っていてもね」
「―――――」
「それで、おじさんは、夢を覚まさせようと思って、この夏、うちの子を
連れてここに帰ってきたんだ」
「夢を覚ますって、どういうこと?」
「………うちの子を、美凪に会わせようと思った」
「!!!」
「美凪に会えば、現実を見せてやることができる。
自分は、伊集院メイなんて人間じゃない。
美凪の母親を救うこともできなければ、美凪にたくさんのプレゼントをあげることも
できない、ただの、平凡な家庭に生まれた女の子なんだってことを、知ることになる。
それは、すごく残酷なことかもしれない。
それでも… うちの子は、夢から覚めなければならないんだ」
「―――――」
「でもね… 今日の出来事を知って、うちの子は、まだ夢から覚めることを、恐れて
いるってことが分かったよ」
そして、メイの父親は、今までの話を締めくくるかのように、ぽつりと、こう漏らした。
「それでも、いつかは、夢から覚めなければならないんだ」
メイは、いまでも夢を見続けている。
自分は、伊集院メイという大財閥の令嬢。
だから姉…つまり美凪を、不幸な境遇から救うことができる。
ずっと、泣き続けている美凪に、笑顔を与えてあげる。
そんな夢を、ずっと見続けているのだ。
しかし、それは夢でしかない。
夢から覚めたら… そこには、相変わらず心を病んだ美凪の母親と、そのことに
ずっと苦しんでいる美凪の姿と、何もできない自分しかいない。
だから、メイは、夢から覚めるのを、恐れているのだと思う。
『美凪に似てる………』
そう、みちるは思った。
美凪は、心を病んだ母親から「みちる」という名前で呼ばれている。
「みちる」とは、美凪の妹になるはずだった子供の名前だ。
しかし、その子供は、この世に生を受けることはなかった。
流産だったのだ。
まるで、シャボン玉のように、生まれることなく消えてしまった我が子が
忘れられず、美凪の母親は、こうして心を病んでしまった。
病んだ心は、いつしか、目の前の「美凪」を「みちる」として、見るように
なってしまった。
そして、美凪は「みちる」として、生きていくことになったのだ。
「みちる」
「みちる」
「みちる」
母親から、そんな風に呼ばれる美凪は、どれほど辛い思いをし続けて
きたのだろかと思う。
そんな辛い境遇から、いつしか美凪も、夢を見るようになったのだ。
だから、みちるは、ここに居るのだ。
『メイと同じように、美凪も、いつかは夢から覚めなくちゃならないんだよね…』
メイの父親の話を聞きながら、みちるは、そんなことを思っていた。
☆☆☆
「みちるちゃんには、ずいぶん長いこと、おじさんの話しに付き合わせちゃったな」
そう言いながら、メイの父親は、座っていたベンチから、腰を上げて立った。
「でも、どうしてかな?
こんなに深く話すつもりはなかったのに、みちるちゃんを見ていると、いつの
間にか、全部話しちゃったよ…」
ちょっと、ばつが悪そうな笑顔で、みちるにそう告げた。
「そろそろ、おじさんは、帰ることにするよ。
今日は、本当にありがとう。
これからも、うちの子と…それから、美凪と仲良くしてあげてね」
「うに…」
「それじゃ、さよなら」
別れの言葉を告げ、みちるに背を向けて帰ろうとしたとき
「あ、あのさ…」
と、みちるは、メイの父親を引き留めた。
「なーに? みちるちゃん?」
「うに……… 一つだけ聞きたいことがあるんだけど………」
「何かな?」
「メイの本当の名前。どうして、その名前にしたの?」
「! うちの子の名前、知ってるの?」
みちるの問いかけに、メイの父親は、驚いたように返した。
「うん、知ってる…
その名前、おじさんは、嫌いじゃないのかなって、思っただけだから…」
「…そうか、美凪から聞いているんだね」
「んに………」
不安げな表情で、みちるは、メイの父親を見つめる。
どんな答えが返ってくるのか…
それを、どうしても確かめたかったのだ。
すると、メイの父親は、満面の笑顔になって、こう答えた。
「この名前はね、おじさんにとって、とっても大切な名前なんだ。
だから、うちの子に付けたんだよ」
「本当に?」
「ああ… それだけ大切に思っているよ」
その答えを聞いたみちるは、それまでの不安げな表情から、急に笑顔に
なったかと思うと
「にゃははっ、みちるも、メイの本当の名前は、とっても好きだよ」
と、笑って見せた。
「そうか… みちるちゃんも、そう思ってくれてるんだね」
「もちろんだよ」
「…うちの子も、いつか、本当の名前で自己紹介ができるように
みちるちゃんも、応援しててね」
「うにゅ」
「それじゃ… ね」
そして、メイの父親は、再びきびすを返すと、元来た道を戻っていった。
みちるは、その後ろ姿をずっと見つめていた。
メイの父親の背中に、さまざまな思いを感じながら………
☆☆☆
ふっと、それまで照りつけていた太陽が、徐々に勢いを無くしていく
ように陰っていった。
「うに?」
みちるが、空を見上げると、先ほどまでの快晴が嘘のように、巨大で
陰鬱な雲が、空の半分を覆っていた。
遠くで、ゴロゴロと、遠雷が聞こえる。
それは、もうすぐ夕立んみなることを示していた。
「雨、ふっちゃう………」
そう思ったみちるは、やがて来るであろう、激しい雨を避けるため
駅舎の中へと移ることにした。
ここは、普段、入り口に鍵が掛けられ、中に入ることはできない
ようになっているのであるが、みちるは、ここの鍵を持っている。
これは、美凪が貸してくれたものだ。
ポケットから、鍵を取り出すと、それを扉の鍵穴に差し込んで
施錠を外し、錆び付いて重くなっている扉を、力任せに開けた。
そこは、かつては駅員の宿直室になっていたところで、部屋には
畳が敷いてあったりする。
部屋の至る所に、扇風機やら、テレビやらと、細かい日用品が、乱雑に
置かれている。
これは、みちるが、あちこちから拾ってきたものだ。
しかも、廃線となって久しいというのに、未だに、電気も水道も通って
いるので、少しの間なら、宿泊もできそうなところであった。
みちるは、靴を脱いで、その部屋に入る。
それと同時に、天井の方から、ぱっ、ぱつっ……と、屋根を叩く音が
聞こえた。
その音がする間隔が、徐々に短くなってきたな思うと、やがて
ザーっと激しく、雨が打ちつける音が、部屋中に鳴り響く。
部屋の窓を見ると、外は、激しい夕立となっていた。
時折、地割れのような音が聞こえたかと思うと、蒼い閃光が現れ
どーんという、稲妻の落ちた音が響き渡った。
「……………」
空は、厚い黒雲が完全に覆っている。
しばらく、雨は止みそうになかった。
そんな光景を、しばし窓から眺めている。
すると………窓の向こうに、小さな人影が現れるのが見えた。
「?」
みちるが、その方向を注意して見てみる。
小さな女の子だ。
この雨の中、傘も差さずに、何かを抱えながら、こちらへとやってくる。
それは、メイだった。
「! な、なんでここに?」
みちるは、その姿を確認すると、あわてて部屋から飛び出した。
外は、土砂降りの雨。
その中を、メイはずぶ濡れになって歩いていた。
「伊集院メイ! こんな雨だっていうのに、何をしてるんだっ!」
「―――――」
みちるが大声で呼びかけるが、メイは、雨の中ずぶ濡れになりながら
ずっと下を向いて、答えなかった。
「もうっ! 伊集院メイ!」
みちるは、メイの立っている場所まで、小走りに走っていき
「こんなところにいたら、風邪をひくじゃないかあっ!
さあ、早くこっちに来るのっ!」
といって、引きずり込むように、メイを駅舎の方へと連れて行った。
部屋の中に入ると、そこで、みちるは、改めてメイの姿を見てみる。
今まで、叩きつけるような雨の中を歩いていたせいで、気の毒に思えるほど
全身びしょびしょに濡れている。
ぽたぽたと、雫を垂らしながら、メイは、相変わらずうつむいたまま
その場所に立っていた。
そして、両手に抱えるように持っているもの。
それは、空き瓶や、壊れたラジオ、使い古されたゲーム機といった
ただのがらくたに見える代物だった。
「なに…これ?」
みちるが、そう尋ねると、メイは、小さくかすれた声で
「あちこちから、拾ってきたのだ………」
「? なんのため?」
「これを……… お金に換えようと思ったのだ………」
「???」
「その… これをお金に換えてだな、美凪とやらに、何か買ってやろうと
思ったのだ。
か、勘違いするでないぞ!!
伊集院家にお金がないとか、そんな理由ではなくてだな、その…つまり
メイの力だけで、何か買ってやろうと思ったまでだ」
「それで、そんなのを持っていたのか?」
「そうなのだ…
でも、どこに行けば、これをお金に交換してくれるか分からなくてな…
あちこち探しているうちに、雨は降ってくるし、道は分からなくなるし………」
そう聞くと、みちるは、メイがかわいらしく思え
「バカだねー 伊集院メイは」
と言って、可笑しそうに笑った。
「め、メイのことを、バカにするなっ!」
「べろべろべーーっ! ばかだから、バカっていったんだよーーーっ」
「き、キサマぁぁ!!」
「でも、バカだけど、みちるは好きだよ、そういうの」
「え゛?」
「だって、伊集院メイは、自分の力だけで、美凪に喜んでもらえることを
したいって、思ったんだよね?」
そう言いながら、みちるは、部屋の隅にあったバスタオルを取ってくる。
そして、全身濡れ鼠になっているメイに、それを頭から被せると、ごしごしと
雫を拭ってやった。
「わぷぷ…… じ、自分で出来るから、いいのだ!」
「ほら… じっとしてないと、上手く拭けないんだからさ……」
じたばたと、バスタオルの中で暴れるメイを抑えながらも、どうにか
身体をふき取ってやる。
一通り拭ってやると、今度は、近くにあった段ボール箱を漁りだして
なにやら物色し始めた。
「この間、拾ってきたヤツのなかに、あったんだけどなぁ………」
「???」
「おおっ! これなら、何とか着れそうだね」
みちるは、段ボール箱の中から、黄緑色のTシャツと、黒い短パンを
取り出して、メイに渡した。
「ちょっと、サイズが大きいけど、これに着替えるっ。
そんな、濡れた服を着てたら、風邪ひくからさ」
「そ、そこまでやらなくてもいいのだ!」
「…いうこと聞かないと、みちるが着替えさせるよ」
「………分かったのだ」
そう、メイは素直に答えると、濡れてびしょびしょになった服を脱いで
みちるの渡した服に、着替え始めた。
その間、みちるは、メイが脱いだフリルの付いた服を、ハンガーに掛けて
窓際に干した。
「………ちょっと、かび臭いのだ」
「うに? そういえば、その服、ずっと前から、ここにあったやつ
だからなぁ……」
「なっ! メイにこんな服を着させるのか?」
「濡れた服よりは、ずっといいだろうがぁ!
全く… 伊集院メイは、注文が多くて困るよ………」
そんなやりとりをしながら、みちるは、服に着替えたメイを、畳の上に
座らせて、そして自分は、その隣に座った。
ようやく一仕事を終わらせたと思いながら、窓を見ると、雨足は
先ほどと変わらず、大粒の雨が、地面を打ちつけていた。
しばらくは、収まる気配がないな… と、そんなことを思いながら
隣に座っている、メイを見つめた。
「―――――」
メイは、何が言いたげに、みちるをじっと見つめている。
「? 伊集院メイ、どうした?」
「………その、さっきの……… ことなのだが」
「?」
「さっきは…… やっぱり、メイが悪かったと思うのだ。
だから… その………
すまなかったのだ……………」
目線を落としながら、メイは、美凪の家での出来事を、素直に謝った。
メイは、メイなりに、ずっと気にしていたのだ。
だからこそ、雨の中を、あのようながらくたを抱えて歩き回り、そして
ここにきたのだ。
それに対して、みちるは、にっこりと笑って
「気にするな、伊集院メイ。
ちゃんと、素直になってくれただけで、みちるは嬉しいよ」
「……………」
「それに、みちるは、ちゃんと知ってるよ。
伊集院メイは、本当は、美凪と友達になりたいんだって」
「………うん」
「でも、伊集院メイは、美凪のことで、重く考えすぎてるんだよ。
美凪はね……… ずっと夢を見て、夢の中で生きているよ。
悲しいことが、すごくたくさんあったから」
「―――――」
「でもね、それは、伊集院メイが気にすることじゃないよ。
だから、メイは、美凪を助けようとか、そんな風に思わなくてもいいよ。
それでも、美凪を助けたいって思うならね………
伊集院メイの、ほんとうの気持ちで、友達になればいいって思うよ。
それだけで、美凪は、喜んでくれるんだよ」
「でも、メイは、どうすればいいのか、分からないのだ………」
「それは、ちょっとした勇気があればいいんだよ。
ただ、『お友達になろう?』って言える勇気があるだけでね。
そうすれば、伊集院メイは、美凪の友達になれるんだよ」
「………うん」
メイは、うつむきながらも、みちるの言葉を聞いていた。
心の中では、夢から覚めようかと、思い始めているような………
そんな風に、みちるは感じた。
……………
…………
………
「―――――」
「うにゅ? 伊集院メイ?」
ずいぶんと長い時間、メイは黙り込んだままだったため、みちるは
もう一度、メイをまじまじと見てみる。
すると… メイが、何かをじっと思案しながらも、身体が小刻みに
震えているのが分かった。
「…伊集院メイ、寒いのか?」
みちるが、心配になって、そう尋ねると「だ、大丈夫なのだ」と
言って見せた。
「嘘だよ、雨の中を歩いていたんだから、身体が冷えているんだよ」
「そ、そんなことはないのだ」
「腕に、鳥肌まで立ててるのに、伊集院メイは、本当に素直じゃないね」
そういって、みちるは、可笑しそうに微笑むと、両手でくいっと
メイの身体を引き寄せた。
「な、何をするのだ?」
「ほら………こうすると、あったかいよね?」
そう言いながら、みちるは、メイを両手で優しく抱きしめる。
抱きしめられたメイは、顔を真っ赤にしながら
「は、恥ずかしいのだ………」
「にゃはは。伊集院メイって、まだちっちゃいんだね」
「ううぅ……」
「しばらく、こうしてよう? 雨が止むまでさ………」
メイは、みちるに、だっこされるような形で、みちるの胸に顔を埋めていた。
最初は、居心地が悪そうに、身体をもじもじとさせていたが、やがて
みちるの温もりが伝わってくると、力を抜いて、身体を預けてくる。
「―――――」
そして、しばらくした後、よほど疲れていたのだろうか「すう…」という
寝息が聞こえてきた。
みちるは、そんなメイを見つめながら『妹って、こんな感じなのかな?』と思った。
生意気なこと言ったり、強がってみせたり…
そうかと思うと、とたんにしおらしくなって、甘えてみたり。
そんなメイが、たまらなく愛おしく思えた。
こんなメイなら、きっと、美凪と親友に…いや、本当の姉妹になれる。
だから、二人には、夢から覚めて欲しいと思う。
でも、その時みちるは、美凪とメイと、楽しい時を一緒に過ごすことは
できなくなるのだ。
そう思ったとき、みちるは、ひどくやるせない気持ちになった。
だからせめて、今だけは、こうしていたい。
そんな気持ちを持ちながら、みちるの膝の上で、安心したかのように
眠っているメイの髪を、優しく撫でた。
雨は、少しずつ弱まっていた。
それは、この時間が、間もなく終わることを告げていた。