―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
LittleWing130000HIT&田村ゆかり様「AIR」出演決定記念寄稿
『ちるちるメイ様』 最終話(前編)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……………る。……………………ちる」
遠くから、誰かが呼んでいる。
まどろみの中で、その声に気づいた。
もう少し、このままで居させて欲しい。
ここは、暖かくて、ふわふわしていて、とっても気持ちのいいところ。
どこか懐かしい、いい匂いのするところ。
だから、もうしばらく、ここに居たい。
「……………起きなさい、ほらっ!」
今度は、ゆさゆさと、身体を揺すられた。
もっと、ここに居たいのだから、そんな風に、無理矢理ここから引っ張り出さないで
欲しいのに………
そんな事を思いながら、メイは、徐々に眠りから覚めていった。
「………うに?」
目を覚ますと、先ず、自分の肩を揺すっている、父親の姿が見えた。
「……………」
ぼーっと、寝ぼけ眼で見つめていると、メイの父親は、呆れたような顔で
「やっと起きたか。
本当に………お父さん、心配して、あちこち探し回ってたんだぞ。
部屋でおとなしくしてなさいって言ったのに」
そう、小言を言われながら、メイは、徐々に意識が覚醒していった。
みちると、この場所で雨宿りしていて、それから、みちるにだっこされて、そのまま
眠って………と、先ほどまでの出来事を思い出していた。
きょろきょろと、あたりを見回すと、さきほどから居る、駅舎の宿直室だった。
窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。
すでに雨は止んでいるのか、雨音に代わって、虫や蛙の声が聞こえてくる。
こんな時間になるまで、メイは、ここで眠っていたようだった。
「………それで、どうしてお父さんが、ここに居るのだ?」
眠い目を、ごしごしとこすりつけながら、メイは、父親に尋ねる。
「ちょうど、ここの前を通りかかった時に、みちるちゃんが、呼んで来てくれたんだよ。
この中で寝てるからって…」
「それで、みちるは?」
「遅くなったから、帰るっていってたよ。
だめじゃないか、みちるちゃんに、迷惑かけちゃ」
「そうか… 今までここにいたのか……」
メイの身体には、毛布が掛けられている。
これは、みちるが、掛けてくれたものだと思う。
こんな風に、今の時間まで、みちるが、自分を気遣ってくれていたのだと思うと
申し訳ないような、嬉しいような、そんな気持ちを抱いた。
「それにしても、懐かしいな………」
一通りの小言を言い終えた、メイの父親は、今度は、この部屋を見回しながら
感慨深そうに、そう呟いた。
「懐かしいって?」
「ああ、ここは、お父さんが、昔働いていたところだからね」
「ここが、そうなのか?」
「そうだよ。お父さんは、この駅の駅長さんをやっていたんだよ」
「そうなのか…」
父親につられるように、メイも、もう一度、この部屋を見回してみた。
二十畳ほどの部屋の半分は、かつて駅の事務所として使われていた部屋で
ガラス越しに待合室が見え、こちら側は、切符売り場になっている。
それから、古びた事務机が二つと、その上には鉄道電話。
壁には、来ることのない列車の運行表。
そして、その奥が、メイの居る部屋で、宿直室だ。
ここは、畳が敷いてあって、当直の駅員が泊まり込むときに使っていた場所だ。
そこには、当然のことながら、メイの父親も居たのであろう。
そう思うと、何故か、この場所が特別なところに思えてくる。
なんというのか……… そう、自分が知りたいと思っていたものに、少しだけ
触れることができたような、そんな感情を抱いた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか?」
メイの父親が、微笑みながらそう言った。
「分かったのだ………」
メイは、かぶっていた毛布をはねて、もぞもぞと起きあがる。
「あれ? その服は………」
立ち上がったメイの姿を見て、メイの父親は、ちょっと驚いたような顔をした。
「ん? ああ、これは、みちるが着せてくれたものなのだ」
「みちるちゃんが?
………ああ、なるほど、ここにあった服を出してれたんだね」
「?」
「この服はね、美凪… おまえのお姉さんが、着ていた服だよ」
「! これがか…?」
「そうだよ。お父さんが、ここにしまっていた服だよ………」
そう言った後、メイの父親は、何故か寂しげな顔になってしまった。
「??? どうしたのだ?」
「…ちょっと昔のことを思い出しただけだ。
さて、帰ろうか。
………そうだ。帰りは肩ぐるましてやろうか?」
「お父さんが?」
「たまにはいいだろう?」
そして、メイの父親は、メイの小さな身体を、後ろから抱き上げて
自分の肩に、ひょいと乗せた。
「ゆっくり帰ろう」
そう言って、二人は、この部屋を後にした。
☆☆☆
外に出ると、視界いっぱいに、満天の星空が現れた。
ここは、メイの住んでいる街とは違い、星の光をかき消してしまう、ネオンなどの
文明の明かりが少ないため、普段見ることができない6等星の星の光まで、おぼろげ
ながらも見ることができた。
「お父さん?」
肩ぐるまされたメイが、父親に話しかけた。
「ん? なんだい?」
「あの空の上にあるのが、かんむり座でいいのか?」
夜空を見上げながら、メイが星座を聞いてきた。
「そうだよ、ちゃんと覚えていたんだね」
「もちろんなのだ。それと、左側にあるのがヘラクレス座で、あと、赤い星が
あるところがさそり座で………」
南の空の星々を、線で結びながら、メイは、父親に教えてもらった、星座の名前を
一つ一つ、答えていく。
それらに、メイの父親は、にこにこと微笑みながら、「そうそう」と、相づちを
うちながらうなずいた。
「お星様、好きか?」
一通り、星座を言い終わるころ、メイの父親は、そんなことを聞いてきた。
その質問に、メイは「もちろんなのだ。お星様は、きらきら光って綺麗だから
大好きなのだ」と、笑顔でそう答えた。
「そうか… お星様好きか…」
「その通りなのだ」
「………おまえのお姉さんも、大好きだったよ」
「美凪も、好きなのか?」
「ああ…」
「そうか… 美凪も、メイと同じで、大好きなのか…」
感慨深そうに、メイは呟いた。
そして、美凪が、自分と同じように、星が大好きであることを知って、とても
嬉しいように思えた。
「ちょうど、今こうしているように、美凪のこと、肩ぐるまして歩いているとね
やっぱり美凪も、目を輝かせながら、星を見ていたよ」
「―――――」
「それにしても… なんだか、おまえが美凪の服を着て、肩の上にいると
お父さん、昔のことを思い出すな。
こうやって、星を見ながら、美凪を肩ぐるまして、家まで帰ったなって…」
「でも、メイはメイなのだ」
「はっはっは… それはそうだよ。美凪は美凪だし、おまえはおまえなんだからね。
ただ………」
そこで、メイの父は、少しだけ言葉を詰まらせる。
「ただって?」
メイが、そう尋ねると、メイの父親は
「おまえの、もう一人のお姉さんのことを、思い出すんだ」
と、呟くように答えた。
「………“みちる”のこと?」
「ああ………
その、おまえが今着ている服はね。お父さんが、みちるのために、とっておいた
服なんだよ。
あの子が成長して、美凪くらいの歳になったら、着せてあげようってね」
「これが、そうだったのか………」
「でも、みちるは、生まれてくることができなかった…
だから、その服、本当はとっておく必要なんて、なかったんだ」
「―――――」
「でも、とっておいて良かったよ。
こうして、おまえが着てくれてるからね」
「…うん。メイも、この服は気に入ったのだ」
「そうか。それなら良かった」
メイの父親は、嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても、みちるちゃんが、この服を渡してくれたんだよね。
よく知っていたな……… 正直、お父さんも忘れていたのに」
「うん… みちるは、美凪の親友だし………」
「ああ、そうだよな」
「それに……… 美凪の妹だし」
「!!!」
メイが、何気なく呟いた言葉に、メイの父親は驚いて、思わず、足を止めて
肩ぐるまされているメイに、見上げるように顔を向けた。
「お、おい……… みちるちゃんが、美凪の妹って…………
それは、確かに、美凪の妹の“みちる”と同じ名前だし、それに美凪と
仲良くしているだろけど」
「………お父さんは、そうは思わないのか?」
「お父さんか?
そうだな… 確かに“みちる”が生きていたら、今のみちるちゃんと、同じ
くらいの歳だしな。
それに……… お父さんも、みちるちゃんに会って、話をしていると
なんだか、本当に“みちる”じゃないかって、思ったりもしたよ」
「うん………」
「でもね、おまえのお姉さんの“みちる”は、もう、遠いお空の上にいるんだよ。
だから、みちるちゃんは、美凪の友だちであって、妹なんて思ったら………」
そして、メイの父親は、少し思案した後、急に笑顔になって
「ああ……… おまえが言いたいのは、美凪とみちるちゃんは、実の姉妹のように
仲良くしているっていう意味での、妹なのかな?」
「―――――」
「そうか… それなら、いいんだよ」
そう言って、メイの父親は、納得したように、笑顔で再び歩き出した。
メイの沈黙を「そうだ」と思って、納得したのだった。
しかし、メイの沈黙は、言おうとした言葉を、心の中に戻したことによる沈黙
だったのだ。
『みちるが、誰かに引き留められているとしたら?』
でも、それを口にすることが、出来なかった。
本来なら、みちるが居るはずの、この場所。
この、父親の肩の上に自分が居ることに対する、後ろめたさのような気持ち
からであった。
☆☆☆
翌日………
朝食を済ませた後、メイの父親から「今日、帰ることにしよう」と、告げられた。
「お父さんの夏休み、そろそろ終わりだからね。
それに、おまえのお姉さんに逢うのは、もう少し、時間をおいてからの方が、いいと
思うからね」
「うん………」
「どうした? まだ、何かしたいことがあるのか?」
「みちる………」
「ああ、みちるちゃんに、お別れをいいたいんだね。
それじゃ、お昼に出発するから、ちょっと行ってくるといい」
「うん」
メイは、簡単に身支度を整えて、玄関へと向かう。
「お昼までには、ちゃんと帰ってくるんだぞ」
「分かったのだ」
そして、泊まっていた民宿を出ると、みちるが居るはずの、廃線となった駅へと
小走りに向かっていた。
しかし………
駅の広場に、みちるの姿はなかった。
まだ、来てはいないのだろうか?
そう思い、しばらくここで待っていたが、一向に現れる気配はなかった。
しばらく、そうした後、ひょっとしたら、別な場所にいるのではないかと思い
みちるの行きそうな所を、探してみることにした。
先ずは、商店街。
田舎の商店街らしく、人通りも少なく閑散とした感じがする場所だ。
その、数少ない通行人の中に、みちるの姿を見つけることは、できなかった。
念のため、みちるが居ることのある、診療所の前に来てみたが、ここには
この診療所の主と思われる女医とその妹と思われる女子高生が、のんきに
犬らしき生物と戯れているだけであった。
「ちょっと、聞きたいことがあるのだが、よいか?」
「ん? なにかなぁー?」
「ここに、みちるは来なかったか?」
「みちるちゃん、来てないよぅー お姉ちゃんは、知らない?」
「いや……… 今日は見かけてないな。
いつもなら、この駄犬と戯れているのであるがな」
「そうか、分かったのだ」
「ああ、おぬしは、みちるの友達か?
それなら、そのうち、ここを通ると思われるから、なんなら、流しそうめんでも
食べていくか?」
「ううん、いいのだ」
女医の誘いを断って、メイは、みちるが次に行きそうな場所へと急いだ。
次にやってきたのは、海岸の防波堤沿いにある、武田商店という雑貨屋。
この店に、みちるがくることはあまりないが、ちょうど近くに、粗大ゴミの
集積場があり、そこで、がらくたを漁ってたりすることがあるので、試しに
来てみたのだ。
だが、ここには、美凪と同い年くらいの少女と、その母親らしき女性。
そして、何故かカラスが一羽、逃げもせずそこにいる。
「聞きたいことがあるのだが………」
と、その場所にいる、二人の女性に話しかけようと思ったが
「あんたは、うちの子やあらへん」
「うん、そうだね………」
「いつか、橘の家に連れていかれる。
せやから、一緒に住んどっても、あんたに構ったることができへんかった。
あんたのこと好きになってしもうたら…別れるんがツライやろ。
毎日、もうすぐ迎えにくるんちゃうかって、思うとった………
いつ迎えにきても引き渡せるように、気持ち落ち着けとった
でもな…結局意味なかったわ…
うち、あんたのことが好きや
ずっと一緒に暮らしたい、思ってしもたんや………」
もの凄く重要な場面に出くわしてしまったらしい。
それ故、とても話しかける雰囲気ではなかった。
みちるがここに来ていたかは、とても気になることであったが、メイは
そのまま、この場所を離れることにした。
小さな町を方々探し回ったが、とうとうみちるを見つけることが出来ず
結局、最初に行った、駅の広場へと戻ってみる。
ひょっとしたら、来ているかもしれない。と思ったが、実際に戻ってみると
先ほどと同じく、廃線のなった駅の広場には、誰一人として居なかった。
「まだ、いないのか………」
そう、肩を落として、メイは、広場を見つめていると、その後ろから
旅行かばんを抱えた、メイの父親が現れた。
「もう! お昼までには帰ってくるようにって、いったじゃないか!」
汗を流しながら、ちょっと怒った感じの、メイの父親を見て
「もう、そんな時間なのか?」
「そうだよ。もう、午後1時を過ぎたくらいだよ………」
「そういえば、お腹空いたのだ………」
あちこち探し回っているうちに、いつの間にか、そんな時間になっていた。
そのことに気づいたメイは、急に、空腹を覚えてしまった。
「そんなこと言ってもなぁ………
本当は、お昼食べてから帰るつもりだったけど、もうすぐ、バスが来ちゃうから
バスを降りてから、食べるしかないな。
ほらっ、あんまり時間がないから、すぐにバス停まで行くよ」
「う、うん………」
メイの父親に、背中を押されるように、その場所を後にする。
海辺にあるバス停までは、少しだけ駆け足で、向かっていった。
そして二人が、ちょうどバス停に辿り着くと、メイの父親は
「ふぅ… 間に合ったようだな。このバスを逃すと、夕方まで来ないからな」
と、汗を拭きながら、備え付けのベンチに座り込んだ。
「ところで、みちるちゃんには、ちゃんと、お別れの挨拶が言えた?」
「…みちる、どこにも居なかった」
「そうか… でも、また来ることになるから、その時は、ちゃんと逢えるよ」
「う、うん……」
「おっ! バスが来たな。それじゃ、行くとしよう」
遠くから、バスがこちらに向かっているのが見えると、メイの父親は、座っていた
ベンチから立ち上がる。
そして、バスが到着して、プシューっとドアが開く。
後ろ髪を引かれるような思いを感じながら、メイはバスへと乗りこんだ。
整理券を受け取って席に着くと、バスはゆっくりと動き始める。
メイは、窓に流れるこの町の風景を、見つめている。
この小さな町に、今も住んでいる、美凪とその母親、そして、みちるの事を
思いながら、まるで網膜に焼き付けるかのように、じっと見つめ続けた。
すると………
「!!!」
道路脇に、みちるが立っているのが見えた。
片手を大きく上げて、満面の笑顔で、バスに向かって手を振っている。
思わずメイは、ガラスにへばりつくようになって、みちるの姿を追いかけた。
しかし、声を掛けることも、窓を開けることも出来ないまま、一瞬のうちに、みちるの
前を通り過ぎてしまった。
「―――――」
メイは、しばし呆然となって、流れる景色を見つめていた。
みちるが、自分に手を振ってくれたことは、とても嬉しかった。
しかし、それと同時に、これが永遠の別れになるような………そんな気持ちも抱いた。
(最終話・後編につづく…)