「沙希ちゃんの料理、毎日食べたいんだ。」

「んっ、そうね、毎日だとレパートリーがちょっと足りないかな。」

沙希は、目の前に並んだ、料理を眺めながら、そう答えた。

目の前に座る青年の誘いで、今夜は、雑誌で紹介されてとても有名になったレスト

ランに来ていた。先程から運ばれてくる料理を見ながら、沙希は、この料理はどうや

って作るんだろうとばかり、ずっと考えていた。だから、彼が本当に言いたかった事

に気付かなかった。

「そ、そうじゃなくってね。」

目の前の人物は、ちょっと焦りつつ言葉を継いだ。

「え?」

それでも、沙希の頭はレシピの事で一杯だった。チャンスが有れば、シェフを呼ん

で、聞き出しそうな感じだ。

そこで、彼は意を決したように、右手をポケットに突っ込むと、小ぶりの箱を取り

出し、沙希の目の前に置いた。

「これって!」

沙希は、それが何か分かって、目を丸くした。そして、彼の次の言葉に期待して・・・

「沙希ちゃん、・・・」

 

 

「沙希ちゃん、沙希ちゃん、さ・き!遅刻するわよ、ほら起きなさい。」

沙希は、ベッドの中から顔を出した。そして、夢を見ていたと気付いた。

「んもうっ、良い所だったのに・・・」

本当に残念そうに、沙希は言った。

「いつまでも寝ぼけた事言ってないの、ほら。」

娘の夢などに構っていられないと、沙希の母親は呆れて言った。

促されて、時計に目をやると、いつも起きる時間より、三十分近く過ぎていた。

「わっ、大変。急がないと。」

 

 

「に・じ・の・せ・ん・ぱ・い。」

昼休み。秋穂みのりが、購買へ向かう沙希に後から声をかけた。

「あ、みのりちゃん。」

「今日は、お弁当じゃないんですね。」

「うん。ちょっと・・・」

沙希は、それが今朝の夢のせいだとはとても言えなくて、口篭もった。

「ははーん。ついに、あの先輩に愛想が尽きたんですね。」

みのりは、確信してそう呟いた。沙希の弁当を嬉しそうに食べる、少年の顔を思い

浮かべる度に、癪な思いをしていたからだ。

「えっ、そういうわけじゃなくて、たまたまよ、たまたま。」

「理由なんてどうでもいいんです。今日は、一緒にお昼にしましょう、虹野先輩。」

「えっ?ううん、そうね。」

本当は、彼と一緒に昼食にしたかったのだが、弁当を作る時間が無かった為に、そ

ういう理由も作れず、沙希は、みのりと昼食を摂る事になった。

 

 

「虹野先輩、それでね、って聴いてるんですか?」

みのりは、先程から、妙な相槌ばかり繰り返している沙希に、ついに訊ねた。

「えっ。もちろん聞いてるよ、みのりちゃん。」

もちろん聞いているわけが無い。沙希は今朝の夢の事を考えていた。というのも、

どうしても夢の中の青年の顔が思い出せなかったからだ。沙希は、彼だったらいいん

だけどなぁと考えずにはいられなかった。

「何か心配事でも有るんですか?」

みのりもさすがに、沙希がすぐ考え事に耽る状態に、不安になってきたようだ。

「ううん、そういうわけじゃなくて・・・。そう、その最近、お弁当の料理がマン

ネリだなぁって・・・。」

沙希は、とっさに誤魔化した。

「そうなんですか。分かりました。対策は、私に任せてください!」

「対策って・・・?」

沙希が聞き返す間も無く、みのりは既に走り去っていた。

 

 

「先輩、責任は取って貰いますからね!」

「ぶっ。」

教室に飛び込んでくるなり、聞きようによってはかなり洒落にならない台詞を投げ

かけられて、先輩と呼ばれた少年は、飲んでいたコーヒー牛乳をふき出した。

「みのりちゃん、いきなり何?」

「虹野先輩のおべんとうの事です。食べられるだけでも、幸せ独り占めなのに、マ

ンネリとか言ったらしいじゃないですか。」

「はい?俺、そんな事言った覚え無いよ。マンネリなんて、絶対思わないって!」

冗談じゃない、と彼はそれこそ真剣に答えた。

「でも、虹野先輩が、最近お弁当の料理がマンネリだって言ってたんですよ!」

彼の目にちょっと怯みながらも、みのりは抵抗を試みた。

「それはきっと、沙希ちゃん自身が満足してないって事じゃないか?」

彼は、自分の考えを押し通した。

「あっ、それなら納得できますね。虹野先輩、料理に関しては努力を厭わないです

からね。」

さすがにみのりも、先程の沙希との会話を振り返って、得心したようだ。

「って事なら・・・」

「先輩、何笑ってるんですか、ちょっといやらしいですよ?」

「そりゃ無いだろ、みのりちゃん。まっ、ちょっと思いついたことがあってね。」

「へえー。どんな事なんですか?」

よっぽど気になるらしく、みのりは、その先輩に顔を近づけた。

「まぁ、それは、明日の・・・ね。」

そう言うと、彼は横を向き、中断していた昼食を再開した。

 

 

一月十三日。沙希は、持ってきた二人分のお弁当で、彼と仲良く中庭で昼食を摂っ

ていた。みのりが前日いきなり教室に来たことが話題に上っていた。

「それでさ・・・」

話が切れたところで、少年は切り出した。

「なーに?」

沙希は、軽く聞き返した。

「沙希ちゃんの料理、毎日食べたいんだ。」

まさに、沙希が昨日見た夢と同じ台詞を、彼が呟いた。

「えっ?」

沙希は、夢を思い出す。夢と同じなら、彼はこのあと・・・。

「それで何をプレゼントするか、悩んでたんだけどさ。」

「うん。」

だんだん、胸のどきどきが激しくなってきていた。

「はい、これ。誕生日おめでとう。」

彼は言うと、ビデオ4巻分くらいの大きな包みを差し出した。

「あ、ありがとう。」

沙希は、夢の通りでなくて、ちょっとがっかりしつつも、表には出さなかった。

(それは、そうだよね。)

「中、見ても良いかな?」

それでも、貰ったものは気にせずにいられなかった。

「どうぞ。」

彼は、優しく言った。

「あ、これ欲しかったんだ。ありがとう。大切にするね。」

沙希は、それを大切に受け取った。

そして、いつか贈られるものに、そう誰よりも彼から贈られるものに思いを馳せた。

 

 

その晩、沙希が見た夢は、この間の夢の続きかもしれなかった。