【ようこそ、LittleWingへ】

 

(これは、遠くて近い将来のお話かもしれません。)

 

沙希「さあ、開店時間ね。そろそろお店、開けようかなあ。」

 

そう言いながら、沙希は、店の入口の扉を開け、

表に置いてある”LittleWing”と書かれた看板の電飾のスイッチを入れた。

 

そして、ふうっと、一伸びをすると、そこから、入口に面した通りを眺める。

この通りは、近くに高校や大学があり、結構人通りは多い。

今日は、残念ながら曇天であるが、もうしばらくは、雨は来ないだろう。

 

店の中に戻ると、入口から左手のカウンター内のキッチンへ行き

いつ客が入ってきてもいいように、いつもの彼女の定位置へと立った。

 

彼女の定位置、もしくはどのテーブルのどの席からも通りの方は見えない。

一応、大きな窓はあるが、曇りガラスにしてあるのである。

一方、入口とは反対側の南方は、外が斜面になっている事も有り、

眺望が良く、大きな透明な窓をつけ、景色が良く見えるようになっている。

当然、店は、陽あたりが良い。

 

店内を見渡し、40席程度のどの席にも、不具合が無いかを確認する。

白と、自分の髪の色と同じスカイブルーが基調となった店が、

彼女の目に映っている。

この店は、喫茶店兼レストランである。

昼食時、夕食時、カウンター10席と8つのテーブル席は、

大抵、学生達でいっぱいになっている。

そんな時、店長と沙希の二人なので、てんてこまいになる。

もっとも、今その店長はいないのではあるが・・・

 

開店から、30分も経った頃。

カララン。

入口の扉が開き、扉に吊り下げられたベルが鳴った。

 

沙希「いらっしゃいませ。」

 

沙希は、そういって、入ってきたお客に目を向け、声をかけた。

 

沙希「あら、早乙女君に、未緒ちゃんじゃない、珍しいね。」

 

未緒と呼ばれた女性は、落ち着いた口調でこたえた。

 

未緒「近くまで来たので、ちょっと寄ってみたんです。」

 

沙希「嬉しいわ。ゆっくりして行ってね。」

 

未緒「ええ。でも、雨が降ってきそうな天気なので、

   そうそうゆっくりも出来ないんですけど。」

 

連れの男性は、テーブル席へ腰を掛けると、会話に加わった。

 

好雄「まあ、コーヒー一杯飲む前に、降ってきたら、ゆっくりして行くさ。」

 

沙希「ご注文は、やっぱりコーヒー?」

 

好雄「俺は、ブラックで。未緒は?」

 

未緒「私は、ミルクをつけて下さい。」

 

沙希「ちょっと待ってね。今すぐ出すからね。」

 

好雄「ああ。ところで、あいつ、まだ帰ってこないのか?」

 

未緒は、その言葉に、はっとして注意する。

 

未緒「ちょっと、その話は・・・」

 

沙希「良いのよ、未緒ちゃん。うん、まだ何の連絡も無いの。」

 

そう言うと、沙希は表情を少し翳らせた。

 

好雄「まったく、何やってるんだ、あいつは。

   沙希ちゃんが心配じゃないのかねえ。」

 

沙希「ううん。

   あの人、この店のオブジェクトを探しに行くって、旅立ったのよ。

   私も了解してる事なの。」

 

好雄「そうは言っても、何の音沙汰も無いってのは、変じゃないか?」

 

沙希「そうね。」

 

そう言う沙希の顔が、一層暗くなった。

それに合わせて、外もどうやら雨が降ってきたようだった。

ザー・・・ザー・・・。

 

未緒「大変。とうとう、雨が降ってきてしまったわ。」

 

沙希は、コーヒーの準備を終え、二人の座るテーブルの前に来ていた。

 

沙希「ほんとね。はい、お待たせしました。」

ザー・・・ザー・・・。

 

コトン、カチャ。

沙希は、二人の前に、コーヒーとナッツを丁寧に置いた。

 

カララン。

その時、誰かが入ってきて、また扉のベルが鳴った。

その人物は、いきなり声をあげた。

 

みのり「沙希先輩、聴いて下さいよ。」

 

沙希「みのりちゃん、どうしたの。また、何か有った?」

ザー・・・ザー・・・。

 

みのり「それがですねって、あれ、好雄先輩に未緒先輩じゃないですか。」

 

好雄「よっ、久しぶり。」

 

未緒「お久しぶりね、みのりちゃん。」

 

沙希「それで、どうしたの?」

ザー・・・ザー・・・。

 

みのり「いえ、良いんです。大した事じゃないですから。」

 

沙希「そお?」

ザー・・・ザー・・・。

 

みのり「それより、お二人揃ってどうしたんですか?」

 

好雄「いや、何。ちょっと近くに来たから、沙希ちゃんの様子を見にね。」

 

みのり「ふうん。ところで、まだ帰ってないんですね?」

 

沙希「うん、そうなの。」

ザー・・・ザー・・・。

 

好雄「あいつの事だから、オブジェクトじゃなくて、

   気に入ったグッズを買い漁ったり、浮気してたりするんじゃないの。」

 

みのり「きっとそうですよ。」

 

沙希「そんな事無いよ。」

ザー・・・ザー・・・。

 

未緒「そうですよ、そんな事、言っちゃ駄目ですよ。

   あまりに現実味が有り過ぎて笑えないじゃないですか。」

 

沙希「未緒ちゃん、それ一番きついよ。」

ザー・・・ザー・・・。

 

未緒「あ、ごめんなさい。」

 

沙希「ううん、いいの。私、あの人のこと、信じてるから。」

ザー・・・ザー・・・。

 

みのり「沙希先輩・・・。

    もう、帰ってきたら、ガツンって言ってやるんだから。」

 

好雄「俺もそん時は、一言、言ってやる。」

 

みのり「あーあー、今日も、店長スペシャルは食べられないんだ。」

 

好雄「何だ、それ。」

 

沙希「私とあの人で考えた、オリジナルメニューなの。」

ザー・・・ザー・・・。

 

好雄「へー。うまいのか、それ?」

 

沙希「おいしいかどうかわからないけど、ここの名物になるはずなの。」

ザー・・・ザー・・・。

 

みのり「その事は、以前から聞いていたんですけど、

    私も食べた事、無いんですよ。一度、食べてみたいんですけどね。」

 

未緒「そういうことなら、私も食べてみたいですね。」

 

沙希「でも、このメニューだけは、あの人が戻ってからにしたいんだ。」

ザー・・・ザー・・・。

 

好雄「ふーん、そっか。ま、そういう事なら、諦めるしかないか。」

 

沙希「ごめんね。でも、そう遠くないうちに、披露出来ると思うよ。」

ザー・・・ザー・・・。

 

好雄「どっちにしても、あのバカが帰ってこないと駄目じゃなぁ。」

 

沙希「ううん。あの人は、もうすぐ帰って来るよ。私、信じてる。」

 

みのり「沙希先輩・・・。」

 

未緒「あら、雨があがったみたいですね。」

 

みのり「あ、ほんとだ。さっきまでの大雨が嘘みたいですよ。

    あ、見て下さいよ。ほら、虹が見えますよ。」

 

そういうと、みのりは、南の窓から見える虹を指差した。

 

その時、また、入口の扉のベルが鳴った。

カララン。

 

好雄、未緒、みのりは、入ってきた人物を見ると、何も言わずに

静かに立ち去った。

今度来るときは、店長スペシャルが味わえると、笑いながら・・・。

その時はきっと、沙希が

「いらっしゃいませ。ようこそ、LittleWingへ。」

と迎えてくれる事だろう。