【クリスマスの朝に】
私は探していた。私にとっては自分の命よりも大切なものを探していた。
というよりも、これから私が生きて行ける証拠を探していた。
「詩織、どうかしたのか?」
その時、そう言って訊ねて来たのは、私の幼馴染であり、そして・・・
「ううん、何でもないの。」
私は努めて冷静に答えたつもりだった。
「そう?それなら良いけど。」
訝しみながらも彼は納得してくれたようだったのだが、それは私の甘い認識に過ぎなかった。
「でも、顔色が悪いぞ。体調が悪いなら、すぐに言ってくれ。」
「大した事じゃないの。夕べ見た夢のせい。」
「夢?一体、どんな夢を見たって言うんだい。」
しまったと思ったが、後悔先に立たず。私は、自分の夢を彼に喋る事になった。
「ある街に、少年と少女が居たの。」
「少年と少女?それって、俺たちの事かい?」
「ううん。私達みたいに幼馴染ってわけでもないし、年も離れていたわ。」
「ずいぶんとリアルな夢を見るんだな、詩織は。そこまではっきり分かるんだ。」
「もう、最初から話の腰を折らないで。聴きたいって言うから話してるのに。」
そう、こんな話などしている場合じゃ無いんだ、私は思った。
「わかった。それで、その少年と少女の名前は何て言うんだい?」
問われて、私は必死に自分の夢の中で、彼らが呼び合っていた名前を思い出した。
「名前?えーっと確か・・・。サンと・・・、フラワー?じゃなくて、フローラ、そうフローラよ。」
「サンとフローラか。続けて。」
そう言われて、私は自分の夢を最初から語って行った。
☆☆☆☆☆
ある街に少年と少女が居ました。
もともと、そこには少女は居ましたが、少年は居ませんでした。
ある時現れた少年は、少女を一目見た時から、とても気に入ってしまい、
その街に居ついてしまったのです。
少女はというと、あまり気に入ったという様子こそ見せませんでしたが、
自分に優しくしてくれる少年に満更でも有りませんでした。
少年は少女に出会う度にこう言いました。
「おいは、フラワーが好きだだ。だだから、おいの出来るん事、してやっと。」
少年は喋るのが得意ではなく、少女の名前もまともに言えませんでした。
だから少女はその度にこう言いました。
「私の名前は、フローラよ。フラワーじゃなくて、フローラ。わかった、サン?」
すると、少年はいつもこう答えました。
「わかっと、フラワー。フラワーは、フラワーだだ。」
少女はこう言ったやりとりにイライラを募らせながらも、少年に悪気は無いのだからと
最後にはいつも微笑を返していたのです。
そして、少年は青年へと成長し、少女は美しい娘へと成長しました。
街の者達も、この頃には二人はいずれ・・・と考えるようになりました。
青年となったサンは、娘となったフローラに散々教えられたからか、
普通に喋る事が出来るようになり、いよいよという頃、悲劇が起きました。
街のある国と、近くの国の間とで戦いが始まったのでした。
青年サンは、戦争に借り出される事になったのです。
戦争に旅立つ日、フローラは別れを惜しみ、声をかけました。
「サン、あなたはこの国の人間ではないのだから、戦う必要なんて無いのよ。」
「いや、フローラ。俺の大好きなフローラは、この国の人間だ。ただそれだけが俺の戦う理由だ。」
こうして、サンは戦争へと向かいました。
一度目の戦いを切り抜けたサンは、天に向かってこう叫びました。
「俺は生きて帰らなければならない。だから、俺の体を、剣を弾き返す強い体にしてくれ。」
二度目の戦いを切り抜けたサンは、また天に向かってこう叫びました。
「俺は敵とはいえ、多くの人間を倒してしまった。だが今その罰を受ける訳には行かない。
俺が罰を受けるのは、フローラのもとに帰り、彼女に幸せを与えられた時だ。」
それから、サンは戦いを切り抜ける度にこれらの事を交互に叫んだのです。
☆☆☆☆☆
「詩織、ホントにそんな夢を見たのかい?何だか、物語を聞いてるみたいなんだけど。」
彼は、私の話を一旦止めると、疑問を投げかけてきた。
「私だって、こんな夢を見たのは初めてよ。ところで、続けて良いかな?」
どうしたことだろう、いつのまにか止まらなくなっている。
「ああ、続けて。」
☆☆☆☆☆
全ての戦いを切り抜けた時、サンは英雄となっていました。
意気揚揚として、サンはフローラのもとに帰って行ったのです。
「今帰ったよ、フローラ。」
「サン、無事に帰ってくれたのね。」
「もちろんさ。俺は、出来る事はしてあげると言ったはずだろ。
その為にも無事帰って来なくてはならなかったのさ。
明日にでも結婚式を挙げよう、フローラ。
俺は英雄と呼ばれるようになったし、フローラは街一番の、いや国一番の美人だ。
国をあげて祝ってくれるはずだよ。」
翌日、サンの言葉通り、式が執り行なわれる事となりました。
そして、指輪の交換となりました。
「さあ、フローラ。指を出して。ほら、はまったよ。」
「嬉しいわ。とっても幸せ。ありがとう、サン。」
その時、天から声が響き渡ったのです。
『サン、今こそ願いを叶えよう。同時に罰を与えよう。』
その瞬間、サンの体は、足元から、石になり始めたのです。
そう、サンが叫んだ言葉通りに・・・
「待ってくれ」
サンは、右腕を突き上げて、叫びました。
そして、まるで悔しさをあらわすかのように、右手を握り締めたのです。
そのまま、サンは全身が石となりました。
☆☆☆☆☆
「詩織、それで終わりなのかい?」
「ううん。もう少し続きがあるの。
このあとフローラは、指輪をはめたまま、サンの罰が許されるのを待つのだけれど
待っている間は、その絆があるから、安心していられたの。
でもいつのまにか、失ってしまうの。それは絶望よね。サンは二度と戻らないっていう。
そして、そこで夢が覚めたの。」
正夢になったらどうしよう。フローラのように何もかも失ってしまったらと、
私は頭の中がグルグル悪い方へ悪い方へと傾いて行くのがわかった。
「詩織?」
いつのまにか、私は硬直していたらしい。彼の両手が私の肩を揺さぶっていた。
「大丈夫かい?」
私は、大丈夫と言うつもりだったのに、その場にへたり込み、泣き出していた。
「ごめんなさい、あなた。ごめんなさい。私、私・・・。」
「詩織。ちょっと聴いてくれ。俺はその話の続きを知ってる。」
えっ? 私は思わず、涙が流れてみっともない顔のまま、彼を見上げた。
彼は、私の方に右手を、手のひらを開いて向けると、そのまま右腕を突き上げて
そこで右手で握りこぶしを作った。
「いいかい?」
☆☆☆☆☆
クリスマスの朝に、奇蹟は起きた。
指輪は無くしてしまったフローラだったが、
いつものように、石になってしまったサンを見に行った。
石像となったサンは、教会の前の広場に置かれていた。
教会の中では、他の行事に邪魔だからと、外に出されてしまったのだ。
フローラは、自分の家へ運ぼうと思ったが、家族の反対にあってしまい、
それもかなわなかった。
その日は、クリスマスには珍しく雪が降り積もっていた。近年には無い大雪だった。
当然、外に置かれていたサンは、雪の中に埋もれていた。
フローラは、雪をどかそうとするのだが、小柄のフローラには難しい事だった。
そのうち、幸いにも太陽が顔を出し、雪を融かしていったのだ。
そして雪が水となり、流れ落ちると同時に、サンの石の肌が本来の肌色へと
戻って行った。
フローラは、信じられない面持ちでそれを見ていたが、
サンの体が全てもとのぬくもりを持った状態に戻った時、ついに声をあげた。
「サン!ああ、サン!」
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「あなた、どうして、サンは元に戻ったの?」
「わからないかい?それは、詩織が望むことと一緒だろ?」
「私が望む事?」
「そう。こういうことだよ。」
彼は、先ほどからずっと突き上げたままの右腕を下ろすと、手の甲を下にして
私の方に握りこぶしを差し出した。そして、手を開いた。
「あなた、これ?」
驚く私を制すると、再び彼は語り始めた。
☆☆☆☆☆
サンは、フローラの前で手を開くと、驚くフローラの左手の薬指にそれをはめ直して
いつかのように天に叫んだ。
「俺が罰を受けるのは、フローラのもとに帰り、彼女に幸せを与えられた時だ。
たった一つ、この指輪を失うだけで無くしてしまうような幸せではない。
一生かけて、俺だけが与えられる永遠の幸せをフローラに与えられた時なら、
快く死と言う罰さえ受け入れよう。それを罰と言うのなら。」
☆☆☆☆☆
彼は、私の左手の薬指にはめながら言った。
「これが無くても幸せにはなれるけど、無いよりは有った方がいいからね。」
自分の語った夢の続きに照れたのか、彼はそのまま寝室を出て行った。
私は、指輪を眺めながら、安堵のため息をついて、
誰も聞いてないのを確認して独り言をもらした。
「見えない絆も大切だけど、見える絆も大切よ。」