【もみの木の下で】

 

そこは、女の子の部屋だった。

Bu bu bu bu bu bu bu bu bu

ピンクの折畳み式のケータイが、振動していた。

 

ズダダダダダダダダダッ

階段を勢い良く駆け上る音が、先ほどまでの夜の静寂を破った。

 

バタン

ドアノブを回すのも、やぶさかなのか、

まるで体当たりされたかのような音をドアが発した。

 

バッ

そして、ケータイに飛びつく、小柄な女の子。

 

Pi

一つのボタンが押された。

 

ゴロゴロゴロゴロッ

勢い余ったか、女の子は、部屋の中を転がった。

 

「もしもし、桜ですっ。」

ケータイに向かって、可愛い声が響いた。

「桜ちゃん、クリスマスイブ、御一緒出来ませんか?」

しかし、受話器から聞こえて来たのは、

桜と呼ばれた女の子の予想とは大きく違っていた。

 

「ほえっ?と、知世ちゃん、どうしたの、いきなり?」

それにしても、名前も名乗らず切り出すのは、

良く聞く声の持ち主にしては珍しいことだ、桜はそう思った。

 

「実は、お母様に提案されましたの。イブに、皆で出かけましょうって。

 それで、桜ちゃんの御都合を聞こうと思っていたんですの。」

「え、えーと・・・」

矢継ぎ早に言われ、桜も答えに窮した。

 

「もちろん、李くんも、お誘いしようと思っていますの。

 それとも、お二人には、既にご予定がありましたか?」

「それとも」の前に、一拍置くあたりは、いつもの知世らしかった。

ここに来て、冷静さを取り戻したという所だろうか。

 

「ううん。予定は無かったんだけど、

 お家でクリスマス・パーティでもしようかなぁと。」

それは、知世の声を聞くまでは、桜の中では確定に近かった。

 

「もう、お誘いしてましたの?」

「これからしようと思った時に、知世ちゃんの電話があったから、まだ。」

「それでは、ちょうど良かったですわね。」

心底、知世は、嬉しそうに言った。

 

「う、うん、そうだね。それで、どこに行くの?」

「それは、当日のお楽しみですわ。李君には、私から連絡しておきますね。」

「う、うん。」

「それでは、桜ちゃん、おやすみなさい。」

「お、おやすみ。」

Pi

ちょっと疲れたように、桜は、切のボタンを押した。

 

「知世、なんやて?」

買ってもらったばかりのPSXのコントローラーを握り

画面をみつめたままで、ぬいぐるみが喋った。

 

「うん。イブに一緒にお出かけしようって。」

桜は、髪を直しながら、本来は、

封印の獣であるぬいぐるみに答えた。

 

「なんやー、家でパーティーやなかったんか・・・。

 桜のケーキ、楽しみにしとったんけどなぁ。」

残念そうに言いながらも、ぬいぐるみは、画面から目を離さなかった。

 

「ごめんね、ケロちゃん。」

封印の獣ケルベロス、本来ならそう呼ぶべき相手だったが

今は、ぬいぐるみのケロちゃんにしか見えない相手に

桜は丁寧に謝った。

 

「何言うとる、ついてくにきまっとるやろ。

 知世のことだから、美味しいお菓子も沢山持ってくるやろし。」

美味しいお菓子という単語で初めて気を取られたんだろうか、

ケルベロスは、画面を見ていた目を、遠い目へと変化させた。

ぬいぐるみの遠い目って、どんな表現なんだろう?

 

「知世ちゃんのお母さんも一緒だから、ケロちゃんは留守番・・・」

桜は、当然のように、言った。

 

「なんやてー。ほな、一人淋しく、イブを過ごせ、言うんか。

 それは、無いやろ。」

ケルベロスは、それこそ、一般常識だと言い放った。

 

「お家で、お兄ちゃんと雪兎さんとお父さんと一緒にパーティー・・・」

たどたどしく、代案を用意した。

 

「俺とユキは、スキーだ。」

突如、男の声が、女の子の部屋へ割って入った。

 

「お兄ちゃん。部屋に入る時は、ノックでしょっ。」

桜は、批難の目で、兄を見た。

 

「一応、開いてるドアは、ノックしたんだけどな。」

桜の兄、桃矢は、フフンという感じで、妹に言った。

 

「部屋に入る時、桜、電話にタックルするのに夢中で、ドア開けっ放しやったで。」

ケルベロスは、わいはみとったんやで〜と、裁判所の証人であるかのように叫んだ。

もう一人、部屋に証人がいたとしたら、

『ケルベロスは、ゲームに熱中して、見ていませんでした、この嘘つき』と

ツッコミが入っていただろう。

だが、桜には残念な事ながら、他にもう一人の証人は、存在していなかった。

 

「ケロちゃんっ!」

とはいえ、桜も、ケルベロスがいつものようにゲームに夢中であったとは

電話に出るのに夢中で気付いていないから、言わなくてもいいでしょという

反応しか出来なかった。

 

「ん?そういや、あいつとの定時の電話連絡の時間か?」

桃矢は、ちらっと部屋の時計を確認して言った。

 

「な、何で?」

桜は、焦った。誰にも言ってないのにと。

 

「誰だって分かるやろ、毎度毎度、バタバタしとるし・・・」

またも、ケルベロスは、証人のように言った。

まあ、今回は、ゲームに夢中で無い時にも、何度もあったことだから

嘘つきとツッコミは入らない。

 

「まったく、相変わらず、怪獣から成長して・・・、成長したから余計バタバタか(笑)」

桃矢の茶化し方も、成長してないかも(笑)

 

「お兄ちゃんっ!」

Bu bu bu bu bu bu bu bu

「おっと、ケータイ、ぶるぶるしてるぞ。あいつからじゃないか?」

「あっ。もう、お兄ちゃん、話はあと。とりあえず、部屋出てって。」

桜の優先順位一番のことが起きたので、その他はほっとくことにしたという感じだろうか。

 

「分かった、分かった。その電話を取る前に、もう一つ。

 イブは、父さんも仕事だから、皆と出かけて来いって。」

桃矢も、優先順位一番のことをやっと伝えた。

 

「!う、うん。分かった。ありがとっ。」

「なんや、兄ちゃん、随分、あまなったな。ふっ、桜の笑顔には、かなわんってか。」

『ふっ』のところで、あごの下に、手を持って行って、

決めポーズを作るケルベロスだった。しかし、期待していたツッコミは、入らなかった。

桃矢の立ち位置を見ると、既にそこに人影は無く、また、桜は、既に電話に夢中だった。

「って、二人共、話聞いとらんやんかー。」

仕方なく、ケルベロスは、一人ツッコミ裏手パンチをかますのであった。

 

「桜、今、大道寺から電話が有ったんだけど。」

「うん、私も知世ちゃんから、さっき誘われたところ。」

今度の声は、最も期待していた声だった。

桜の喋り方も、ちょっと違い、甘く感じられた。

 

「そうか。大道寺は、どこ行くか言わなかったけど、知ってるのか。」

「ううん。私も聞いてないんだ。当日のお楽しみってことで・・・」

桜の甘い喋り方に対して、男の子の声は、ぶっきらぼうだった。

 

「そうなのか。それにしても、大道寺、今回はまた、随分と強引だったな。」

「そういえば、そうだね。いきなり、御一緒出来ませんか、だったし。」

桜は、先ほどの親友の様子を思い出しながら、うなづいた。

 

「まあいい。それで、今日は、何か変わったことあったか。」

いつもの男の子の話の切り出し方であった。

電話口で、ケルベロスが聞いていたら、

『ちょっとは、自分のことも喋らんかい』とツッコミを入れられただろう。

 

「うんとね。そうそう、そう言えば・・・」

しかし、桜は気にせず、いつものように話し始めた。

はにゃーんとなっており、おしゃべりするのがとてつもなく嬉しそうだ。

 

「いつものこと言うたら、それまでやけど、よくまあ、毎日、話が続くもんや。

 時間的配分から言うたら、桜ばっかり喋ってる気もするで・・・

 小僧の奴も、電話の向こうで、どんな顔しとるんや?」

と言いながらも、ケルベロスもいつものように、またゲームに集中した。

 

☆☆☆

 

ピンポーン。

約束の時間だ。さすがに、知世は、時間に正確であった。

カチャと音がして、扉が開き、おめかしをした、桜が出て来た。

 

「お待たせ、知世ちゃん。」

「桜ちゃん、素敵ですわー。

 待ってなど居ませんわ。それよりも、早く出ましょう。

 李くんが待っていらっしゃいますわ。」

どんなに急いでいても、桜を見た時の第一声は外さない知世であった。

桜の家の前に止まっているのは、ピンクのリムジンだった。

運転手は、大道寺家のボディガード、サングラスの女性だ。

さっと桜の鞄を持つと、トランクへと収めた。

 

車に乗り込むと、桜に声がかけられた。

「桜ちゃん、かわいいー。

 さっ、出発して。次は、李くんのところへお願い。」

これまた、どんなに急いでいても、桜を見た時の第一声は外さない、

知世の母親、大道寺園美であった。さすがに親子である。

 

ふと、桜は、あとからついてくる、ワゴン車を見咎めた。

「知世ちゃん、あの車は?」

デジタルビデオカメラをいつの間にか構えていた知世は、にーっこりと笑い

「もちろん、桜ちゃん専用衣装搭載車&試着車ですわー♪」

と、のたまった。ついでに園美も、知世の声にハモった。

 

「はははっ・・・」

桜は、笑うしかなかった。

 

☆☆☆

 

李小狼を拾い、四人となった客を乗せて、ピンクのリムジンは疾走した。

 

「そろそろ目的地を教えてくれても良いんじゃないか?」

車中、一人だけの男の子が、尋ねた。

知世は、母親の顔を覗いた。

こくんと、園美は頷いた。

知世がそれをみて、語り出した。

「行き先は、富士山の麓、河口湖です。」

「河口湖?」

桜が、首をひねった。

 

園美が娘のあとを引き継いで話した。

「そう、今の時期、河口湖では、イベントが行なわれているの。

 とっても綺麗なイベントよ。そして、桜ちゃんにとっても、大事な場所なのよ。」

そう言うと、園美は、意味ありげに、桜と小狼にウィンクした。

 

☆☆☆

 

目的地に着き、四人は、車から降りた。

開口一番、桜は言った。

「寒ーい。」

それを聞き逃さず、知世の目が光った。

「桜ちゃん、こちらへいらして下さい。」

桜の手を引き、二人でワゴン車へ消えた。

 

小狼は、一人だけ専用車の話を聞いておらず、

訳がわからず首をひねるばかりだった。

 

そして、数分後、十二単のような着物を着てきた、桜に驚くのであった。

着物でも重ね着すれば温かいという理屈なのか、

知世というツッコミが、ケルベロスがいればあるかもしれないが。

「李くん、どう、桜ちゃん、綺麗でしょう?」

「と、知世ちゃん」

さすがに、桜は赤くなった。

「綺麗だ。」

ぽそっと、一声もらすと、小狼も赤くなり、押し黙った。

黙ったままの二人に、園美が助け舟を出した。

「さっ、日が暮れる前に、河口浅間神社へ行きましょう。」

 

☆☆☆

 

「河口浅間神社は、865年だから、1138年前に創建されたのね。」

ガイドを見ながら、園美が説明した。

「祭神は木花咲耶姫。最も、ここ以外の神社でも、祭神とされているけれど。

 木花咲耶姫は、富士山の神様で、清酒の神様、お花見の神様でもあるんだって。

 そして、桜の語源であるという説もあるそうよ。

 まさしく、桜ちゃんには、ぴったりの神社でしょ?」

思わず、へぇーと言いそうになる解説がされつつも、四人は先へ進んだ。

さらに、園美の説明は、続いた。

「毎年、4月25日に、孫見祭りと言うのがあるそうよ。

 7月には、太々御神楽祭が開かれるんだって。」

境内に入って、大きな杉の木があった。園美は立ち止まると、見上げた。

「そして、これがここで一番有名な、県の天然記念物、七本杉ね。」

「なかなか、素晴らしい木だな。」

小狼が言うと、桜が感心した。

「へえーっ、小狼、木のこと、わかるんだ。凄いな。」

「いや、言ってみたかっただけだ。

 こうでもしないと、セリフが無いしな。」

 

園美は、さらに続けた。

「でも、今日は、クリスマスイブ。

 そして、クリスマスと言ったら、やっぱりこれしかないわよね!

 記念物の、もみの木!

 一号、二号とあって、樹高は、それぞれ38m、42mで、

 枝張12m、13m、幹周は、5m20cm、5m10cm。

 どう、天然のツリーよ。ふふふっ」

知世が割り込む。

「桜ちゃんには、このもみの木を見て頂きたかったんですの。

 見覚えありませんか?」

桜は、先ほどから、感じていた何かを思い出そうとしていた。

「あっ!もしかして、このもみの木って、お母さんの写真の・・・。」

「正解。撫子には、随分自慢されたのよ。

 桜ちゃんのお父さんに連れて来てもらったってね。

 そして、クリスマスイブにもみの木をバックに写真を撮ってもらったって。」

園美は、お父さんという言葉を出したあたりで、

左ジャブジャブ、右ストレートと、シャドウ・ボクシングをしていたが

撫子の話ということで、果たして、遠い目をしていた。

 

「さて、そろそろ、日も暮れた事だし、イベントを観に行きましょう。」

園美が、目の焦点を普通に戻し、号令をかけた。

 

☆☆☆

 

今度は、知世が説明しだした。最初から役割が決まっていたのだろう。

「河口湖では、光のイベントというのが、行なわれているんです。

 それで、湖畔周辺の公園、道路沿いのもみの木、そして、河口湖大橋に

 イルミネーションが縁取られて・・・」

でも、桜も小狼も、説明など聞いていなかった。

ポスターの謳い文句に、『地上にも、星。』とあったが

まさにその通りの情景に、二人は、いつのまにか、肩を寄せて立っていた。

 

その後から、園美が二人に囁いた。

「さっきの神社のもみの木はね、桜ちゃんには、特別な意味があるの。

 なぜなら、桜ちゃんのお父さんが、クリスマスイブに、

 あのもみの木の下で、プレゼントだよって、

 プロポーズと指輪を撫子にくれたのよ。

 あの幸せそうな写真を写す前のことよ。」

桜と小狼は、園美を挟んで、顔を見合わせた。

イルミネーションの幻想的な情景の中で、

互いの瞳が輝いているのが分かった。

続けて、園美が囁いた。

「それからね、撫子はね、もう一つプレゼントが欲しいって言ったのよ。

 何だと思う?」

ここで、桜の顔を見て、またウィンクした。

「撫子は、あなたのお父さんの藤隆さんにね、

 女の赤ちゃんが生まれたら、名前を付ける権利を下さいって言ったの。

 それが同時にプロポーズの返事でもあるわけよね。

 そして、撫子は、あなたが生まれて、桜ちゃんってつけたの。」

 

☆☆☆

 

帰り際、桜は、小狼に声をかけた。

「小狼、また来ようね。」

小狼は、うなづいて、ぼそっと言った。

「ああ。その時は俺が、もみの木をバックに、桜を写真に撮ってやる。」

そして、ピンクのリムジンに乗り込んだのだった。

 

☆☆☆

 

その頃、ケルベロスは、ぬいぐるみの姿で、リムジンのトランクの

桜の鞄の中で、泣き疲れて寝ていた。

「わいのモダン焼きー」

と言う寝言を言いながら・・・